高井研一郎死因や原因は?生前葬や男はつらいよや山口六平太連載今後は?

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最近寒い日々が続いていますね。
寒い毎日が続くことで、体も風邪をひきやすくなったり、調子を悪くしやすくなってきている時期ですね。
外に出た時寒すぎて、きゅっとおしりの穴を引き締めてぶるっとなるような時期になってきましたね。
そんな時にやはり血管などに負担がかかりいろいろと病気などが怖い時期になってきましたね。

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そんな寒さも関係があるのか、漫画家の高井研一郎さんが11月14日に亡くなったようです。

79歳というと年齢だったようですが、惜しい人が亡くなってしまいますね。
小学館のビックコミックに長期連載中だった総務部総務課山口六平太が、
今でも連載されていたのですが、なんと1986年からの長期連載作だったのです。
それが途中で終わってしまうというのはとても残念なことになりますね。

赤塚不二夫さんの右腕として、おそ松くんのチビ太などのキャラクター作りも携わってきたようです。

高井研一郎さんのプロフィールは?


高井研一郎さんは1937年7月18日生まれの長崎県佐世保市出身の方です。

1956年から活動されています。
漫画少年と言う雑誌に投稿し赤塚不二夫さんと出会ったようです。
定時制高校を卒業後、赤塚不二夫さんに誘われてトキワ荘に入居する約束をしていたようです。

しかし、上京していると高井研一郎さんが入ろうとしていた部屋には水野英子さんがすでに入居していたようです。
そのため、トキワ荘には入れなかったようなのです。
1956年少女に掲載した
りこちゃんでデビューしました。
手塚治さんのアシスタントを経験し赤塚不二夫さんの仕事を手伝い青年誌を中心にナンセンス漫画を書いてきたようです。
そして1986年から高井研一郎さんを代表するビックコミックの総務部総務課山口六平太を連載していました。

高井研一郎さんの死因や原因は?

入院先の病院にて死去されたようです。

体調崩し入院をしていて、数日前まで漫画のネームを切っていたようです。
正式な発表はないのですが、体調を崩したとありながら、ネームはきれていたので、
脳の血管系の病気ではないようですね。
心筋梗塞などでしょうか。
いまのじきに多い病気になるので怖いですね。

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高井研一郎の生前葬とは?

高井健一郎さんを調べてみると、生前葬と出てきますが、高井健一郎さんは2011年から、生前葬をやられていたようで、様々な著名人をお呼びして、生前葬をやられていたようです。

生前葬とは?

生前葬とはまだ生きているうちにと縁のある人やお世話になっている人を招いてお別れとお礼を述べるために行う生きているうちにする組織になります。
自分の葬式にもしとして参加することが思い通りの葬儀をすることができ、一般の葬式とは異なり、イベント的な葬儀となりカラオケ大会や立食パーティー等をすることもあるようです。

高井研一郎さんも生前葬をやられていたようで、調べた情報の家では三回忌まで行われているようです。

3回忌が2013年7月20日の日に行われています。
出ている人もとても素晴らしい顔ぶれで、ちばてつやさんや浦沢直樹さんなども同調していて、とても楽しそうな雰囲気だったのです。

こうやってみんなと一緒に楽しむことが好きだった人なのでしょうね。
本当に今回なくなってしまったのはとても悲しいことですね。

高井研一郎さんと男はつらいよという検索があるのですが

高井研一郎さんと一緒に男はつらいよという検索が出てきますが、漫画の男はつらいよの作画が実は高井研一郎さんが書かれていたのです。

色々な作品に携わられていたのですね。
そうやってなくなっても記憶が残されていくというのは本当に素晴らしいことですね。

高井研一郎さんの総務部総務課山口六平太の今後は?

高井研一郎さんが亡くなってしまった以上、総務部総務課山口六平太が続くのは困難なのではないでしょうか。

病院でもネームを書かれていたようで続けるつもりでいたのでしょうね。

連載も今あるものがなくなり次第連載停止になるのではないでしょうか。

ツイッターでは?

まとめ

連載をされていて今後が楽しみという時に亡くなられたのは残念です。
生前葬をされていたということでいつでも覚悟は決めていたのでしょうか。
しかし連載をしていて、病院に入院してもネームを書いていたということは
心半ばで亡くなられたのでしょうか。

連載が見れなくなるのは残念ですね。

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